日本社会福祉教育学会 NEWS LETTER No.39

福祉実践報告

◆[連載コラム] ソーシャルワークとリサーチ あれやこれや

安藤 幸(京都大学大学院教育学研究科)

② 私たちは何に基づくか

 全米ソーシャルワーク教育協議会(Council on Social Work Education)による2015年版「教育方針及び認可基準(Educational Policy and Accreditation Standards)」では、習得すべきコンピテンスのひとつとして「Engage in practice-informed research and research-informed practice」があげられています。訳すと、「実践に基づく研究及び研究に基づく実践に従事する」となるでしょうか。

 ここで注意すべきは、-informed(〜に基づく)という言葉で、-based(〜に基づく)ではないということです。日本語ではともに「〜に基づく」と訳されても、-basedと-informedの英語のニュアンスは違います。Baseは土台、基盤です。Informは、情報がある、情報に通じているということです。土台は確固としたものであらねばならず、揺らいだり、傾いたりすることは許されません。もちろん、情報は正確でなければなりません。しかし、状況や価値判断に応じて発せられ方も受け取られ方も変わります。

 厳格にコントロールされた実験室で事象の検証をしようとする科学とは違い、私たちが暮らす社会で起こる現象の理解は一筋縄にはいきません。誰一人として同じ人はいません。自分とよく似た境遇にいる人に共感することはあっても、どのように育てられたか、どんな人と関わり、何を感じて、何を達成したか、これからどのように生きていくのか・・・。過程においても結果においても、同じことは絶対にありえません。社会課題、例えばコロナ禍などの影響の受け方や対処の仕方も、人それぞれ違います。

 全米ソーシャルワーカー協会(National Association of Social Workers)は、2021年に倫理綱領(Code of Ethics)の改訂を行いました。そのなかで特に私が関心を持っているのは、倫理基準(Ethical Standards)の「文化的コンピテンス(1.05 Cultural Competence)」の項目に、「文化的謙虚さ(cultural humility)」の重要性が追記されたことです。つまり、クライエントこそが自身の文化背景のエキスパートであることをソーシャルワーカーは認識しなくてはならず、ソーシャルワーカーは自身が持つバイアスと常に対峙しながら、誤りがあれば正すように努めていく批判的な内省が必要だというのです。

 このことは、ソーシャルワークにおけるリサーチのあり方にも関係するのではないでしょうか。Valued-laden profession(価値に依る、価値に基づく専門職)であるソーシャルワークに携わる私たちは、客観的な根拠や実践を事実としてしっかりとおさえつつも、それぞれの状況やそこに置かれている人々の経験や声を固有のものとして捉える必要があります。

現象の全体像、個人の多様な視点や経験・・・ その両方を把握しようとする手法に「混合研究法」があります。ソーシャルワークにおける混合研究法について、次回以降で理解を深めていきたいと思います。

(参照) Council on Social Work Education. (2015). Educational policy and accreditation standards for baccalaureate and master’s social work programs. Retrieved June 14, 2022, from https://www.cswe.org/getattachment/Accreditation/Standards-and-Policies/2015-EPAS/2015EPASandGlossary.pdf

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