日本社会福祉教育学会 NEWS LETTER No.42

巻頭言

人口減少社会における人材養成の課題-保健医療福祉専門職の「共通基礎課程」を中心に

日本社会福祉教育学会 会長 志水 幸(北海道医療大学)

 いわゆる「共通基礎課程」構想とは、文字通り保健医療福祉専門職養成課程における共通の基礎課程を設けることである。この巻頭言では、この政策に係る一連の動向を跡付けたい。保健医療福祉専門職の共通基礎課程の議論は、2016〔平成28〕年6月2日に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」において地域共生社会等とともに登場した政策課題である。

 当該閣議決定に先行し、保健医療分野では、2015〔平成27〕年6月9日の厚生労働省・「健康医療2023」策定懇談会の「健康医療2035提言書」の中で、「地域包括ケアシステムを担う人材として、医療や福祉の資格の共通基盤(養成課程等)を整備すべきである」(38頁)と指摘された。また、福祉介護分野でも、2015〔平成27〕年9月17日の厚生労働省・新たな福祉サービスのシステム等のあり方検討プロジェクトチーム「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現−新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」の中で、「分野横断的な資格のあり方について、中長期的に検討を進めていくことが考えられる」(20頁)と指摘されていた。この方向性のもとで、2016〔平成28〕年5月11日開催の経済財政諮問会議おいて当時の厚労相であった塩崎大臣は、「医療・福祉人材の最大活用のための養成課程の見直し」1 を提出し、先述の閣議決定に至るのである。当該閣議決定では、「介護離職ゼロの実現」の対応策⑨「地域共生社会の実現」(60頁)の中で、「医療、介護、福祉の専門資格について、複数資格に共通の基礎課程を設け、一人の人材が複数の資格を取得しやすいようにすることを検討する −中略− 医療、福祉の業務独占資格の業務範囲について、現場で効率的、効果的なサービス提供が進むよう、見直しを行う」と明記された。

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 その後、福祉介護分野では、2017〔平成29〕年2月7日の厚労省「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部決定の「『地域共生社会』の実現に向けて(当面の改革工程)」において、「多様なキャリアパスの構築等を通じて人材の有効活用を図る観点から、保健医療福祉の各資格を通じた基礎的な知識や素養を身につけた専門人材を養成していくことが必要である」(6頁)と指摘された。また、保健医療分野でも、2017〔平成29〕年4月6日厚労省「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会報告書」において、「『保健医療2035』(『保健医療2035』策定懇談会 平成27年6月)や『地域共生社会の実現に向けて(当面の改革工程表)』(『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部 平成29年2月)に掲げられた、医療、介護・福祉の資格取得に必要な基礎教育課程の一部共通化が進められるべきである」(29頁)と指摘された。

 次に、視点を当該政策に係る国会審議に移したい。2 該当する答弁は、①2016〔平成28〕年5月24日 第190回国会 参議院厚生労働委員会 議事録第22号、②2016〔平成28〕年11月2日 第192回国会 衆議院 厚生労働委員会 議事録第5号、③2016〔平成28〕年11月17日 第192回国会 参議院 厚生労働委員会 議事録第6号、④2017〔平成29〕年3月9日 第193回国会 参議院 厚生労働委員会 議事録第2号、⑤2017〔平成29〕年4月5日 第193回国会 衆議院 厚生労働委員会 議事録第11号、⑥2017〔平成29〕年4月7日 第193回国会 衆議院 厚生労働委員会 議事録第12号、⑦2017〔平成29〕年4月12日 第193回国会 衆議院 厚生労働委員会 議事録第14号、⑧2018〔平成30〕年3月22日 第196回国会 参議院 厚生労働委員会 議事録第2号の8件である。殊に、政策意図が明確な3点に絞って一瞥する。上記②の塩崎(当時:厚労相)答弁は「ニッポン一億層活躍プランの中に明記 –中略- 新たな医療・看護師等の働き方ビジョン検討会というのを立ち上げ –中略- 共通基礎課程の創設による人材の有効活用、医療・福祉従事者の専門性の向上」、同④の古屋(当時:厚労副大臣)答弁は「生産年齢人口が減少する中で、増大する医療、介護、福祉のニーズに応えるためには、人材の有効活用の視点が不可欠」、同⑤定塚(当時:社会・援護局長)答弁は「地域共生社会をつくっていく中で、住民の多様なニーズ、医療、福祉、さまざまな分野のニーズをきちんと把握して、それに寄り添って支援をしていく、こういう人材が求められる観点、また、医療、福祉等の人材に多様なキャリアパスをつくるということ」(下線、引用者)であった。ここから、人口減少社会への対応策としての、保健医療福祉専門職に係る量的・質的課題が垣間見える。

 翻って、政策の推進には、前提となるエビデンスの構築が不可欠である。それに該当する厚生労働科学研究事業は、以下の5件である。①2016〔平成28〕年度「医療関係職種の養成課程内容共通度の調査研究」[研究代表者:大西弘高(東京大学大学院医学系研究科 医学教育国際研究センター・講師)]では、医療系職種と福祉系職種の科目は隔たりが大きく、1年単位で共通化し、履修期間を短縮することは困難である。しかし、医療・福祉系職種に共通の教育内容は存在しており、コンピテンシー基盤型教育を見据えていくことが望ましいと提言された。②2017〔平成29〕年度「保健医療福祉関係職種の基礎教育課程の移行及び対人支援を行う専門職に共通して求められる能力とその教育方法に関する研究」[研究代表者:堀田聰子(慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科・教授)]では、保健医療福祉の専門職に共通して求められる能力について、現場や有識者の意見を集約したコンピテンシー試案を作成されている。③2018〔平成30〕年度~2020〔令和2〕年度「保健医療福祉資格に共通して求められるコンピテンシーの検証と教育カリキュラムの構築に関する研究」[研究代表者:堀田聰子(慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科・教授)]では、コンピテンシーごとに教育目標、教育方略、評価方法、ルーブリックを試作し、モデルカリキュラム案を作成されている。④2021〔令和3〕年度「保健医療福祉資格に共通して求められるコンピテンシー習得に向けた教育コンテンツに関する研究」[研究代表者:堀田聰子(慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科・教授)]では、コンピテンシー試案のうち、8~9割の内容が現行課程で既習(一部学科においては全て既習)と判明した。また、共通基礎課程の導入に当たっては、既存カリキュラムへの配慮やカリキュラムの順序性等の課題があるが提言されている。⑤2023〔令和4〕年度「人口減少社会に対応した保健医療福祉資格の多職種連携等の推進に資する研究」[研究代表者:堀真奈美(東海大学健康学部・教授)]では、社会福祉法人およびその従業員に対するアンケート調査(Web調査)を実施している。併せて、コンピテンシー試案およびモデルカリキュラム案について職能団体や教育団体との意見交換を行い、精査している。3

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 以上を踏まえ、昨年度は、当該政策の転換点とも言える年で、いわば既定路線化が打ちだされた年ともいえよう。既に本学会のニュースレターNo.41(2022年度の回顧と今後の展望)でも触れたが、これら一連の研究成果の一端が、『地域ケアリング 2022 Vol.24 No.6』(株式会社北隆館)の「特集 対人支援職種の共通基礎課程」4 として掲載されている。また、2022〔令和4〕年9月16日公表の『令和4年版 厚生労働白書』でも、「共通基礎課程の検討や資格所持者の履修期間の短縮等を推進」(116−117頁)が掲載された。さらには、2022〔令和4〕年12月16日の「全世代型社会保障構築会議 報告書 〜全世代で支え合い、人口減少・超高齢社会の課題を克服する〜」(24頁)では、ソーシャルワーカー等の確保・育成の中で、「それぞれの専門資格の養成課程において共通の基礎的な知識や素養を身につけるとともに、一人の人材が複数の分野にわたる専門的知識を習得できるような工夫(複数分野の資格の取得、学び直しや中高年の参加の促進も含む。)の検討が必要である」と明記され、同年12月23日に閣議決定された「デジタル田園都市国家構想総合戦略」でも、2023〔令和5〕年度から2027〔令和9〕年度にかけて「保健医療福祉に関する専門人材の機能強化・最大限の活用」(221−222頁)について検討・順次実施することが明記されている。

 当面は、意欲ある(手上げ方式)による4年制大学(単独/コンソーシアム)よる試行5 を予定しているようだが、実装化に向けさらなる議論が必要となる。その際、より本質的なテーマは、「質は量を超えられるか?」、また「超えるとは如何なることか?」であろう。人口減少社会においては、広範な能力を有する少数の人材の有効活用による悲劇を生み出すことなく、多種多様な人材の動員による効率的かつ効果的な実践が求められる。その際、専門職は如何なる役割を果たすべきなのか、この点を明確化し教育することが専門職養成の喫緊の課題である。

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注釈

  1. 当該資料には、「共通基礎課程のイメージ」として、1階部分に共通基礎課程、2階部分に各資格養成課程の図が掲載されていた。なお、医療・福祉関係資格の例として、12資格が明示されていた。
  2. 国会会議録検索システム(http://kokkai.ndl.go.jp/)において、検索語「共通基礎課程」「医療」「福祉」を用いた検索結果は本文中の8件である。(最終アクセス日:2022年5月13日)
  3. 対象となった職能団体は、日本看護協会、日本理学療法士協会、日本作業療法士協会、日本社会福祉士会、日本介護福祉士会、日本精神保健福祉士協会、全国保育士会である。また、教育団体は、日本看護学校協議会、日本看護系大学協議会、全国リハビリテーション学校協会、全国大学理学療法学教育学会、日本ソーシャルワーク教育学校連盟、日本介護福祉士養成施設協会、全国保育士養成協議会である。
  4. 当該特集では、「コンピテンシー試案(ver.3.0)」が掲載されている。
  5. 当面は、看護師、理学療法士、作業療法士、社会福祉士、介護福祉士、精神保健福祉士、保育士の7資格に限定し実施される予定である。なお、厚生労働科学研究事業において「求められるコンピテンシー」の検証対象であった32課程には、専門学校11課程・短期大学8課程も含まれていた。
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