日本社会福祉教育学会 NEWS LETTER No.44

巻頭言

教養としてのソーシャルワークの学びの可能性

日本社会福祉教育学会 理事 小関 久恵(東北公益文科大学)

理事 小関久恵 会員
理事 小関久恵 会員

 高等学校の現代文に「わたしはあなただったかもしれない」という作品がある。著者は大学生の時に、痩せ細ったアフリカの子どもたちが写る海外援助の電車広告に目が留まり、添えられていた「わたしはあなただったかもしれない」という言葉が心に残る。のちに記者となった著者は「もしわたしがあなただったらこの現実をどう感じるか、何を望むか、何を分かってほしいと思うか」等、精一杯想像することを取材の大原則とした。

 大学で社会福祉士養成に携わる中で、ソーシャルワークが生まれ発展してきた背景には、いつの時代も先人たちがこの感覚を核に持ち続けてきたことがあると感じている。他人のことを自分のことのように感じる感覚、そして自分に何ができるのかと考える。この繰り返しが、ソーシャルワークの理論や方法を拡大させていったのではないかと思う。

 私が担当しているソーシャルワークのモデル・アプローチを学ぶ授業では、はじめに『ソーシャルワーク・トリートメント』上巻の第1章に掲載されている表(人間活動をどのような視野から捉えられるかを分類)を参照する。教員になったばかりの頃は、他分野から援用した理論が並ぶことに、専門性が欠如しているように感じたこともあった。しかし、これだけの理論や方法を編み出した足跡の中に、目の前で、あるいは遠くの国で起きていることでも、人間が抱える諸問題に心を寄せ、あらゆる切り口から理解し解決しようと試行錯誤した証があることを実感する。

本イメージ

 私が所属している東北公益文科大学は、「公益」を理念として経営、政策、地域福祉、国際教養、観光・まちづくり、メディア情報の6つのコースが設置されている。福祉分野の単科大学では無いため、社会福祉士養成の指定科目(実習・演習関連科目を除く)の履修者には、他コースの学生もいる。上記の授業も、社会福祉士を目指さない学生が半数ほど履修している。

 社会福祉志望者ではない学生にとってのソーシャルワークの学びの意味や、社会福祉士志望者がそうではない学生と学ぶ環境についてネガティブな側面から捉えていた時期もあったが、今では各種アプローチやモデルから理解する「人や社会を捉える理論や視座」は、いわば「教養としてのソーシャルワーク」の学びにつながっていると感じている。

 以下、ある履修者のコメントから引用して紹介する。

 私自身、ソーシャルワーカーに興味があったわけではないし、福祉関係の仕事に就くわけでもない。しかし、これらを知ることで何か役立つときが必ず来ると思う。自分の祖父母や両親などが体の不自由な状態になったとき、ソーシャルワーカーという職業人ではないが、サポートする人間になった際には今回学んだ知識を思い起こして、実践したい。
 また、この授業では人が生きていく上で大切になる考え方、そしてこれからの超高齢社会に必要になるアプローチを多く知ることが出来て、とても自分の力になったと思う。知識としてインプットしたものを、次は活用して人のためになれば自分自身の幸せにも繋がるはずだ。

 また、グループワークやコミュニティ支援、その他関連技法等を学ぶ授業を履修した政策コースの公務員志望の学生は、以下のように学びをまとめてくれた。

 公務員には、地域と密着した活動を行い住民にとっての利便や安心安全に繋がる働きが求められている。地域を一つの『グループ』と捉えることで、互いが互いを支え合い、一人ひとりがパズルのピースになるような、誰一人として欠けてはならない環境を形成していくことが、ソーシャルワークを活用した公務員の新しいあり方として、自分にできることではないかと思う。

 これらの学生たちは社会福祉の専門職になるわけではないが、行政や民間企業で将来働き、市民の一員(今もだが)となる。一人ひとりが集団や地域コミュニティの一員であることを自覚し、福祉課題は特別なものではなく「わたしはあなただったかもしれない」という感覚、そして「わたしの立場からできることは何か」、つまり「応答可能性」(responsibility)を、ソーシャルワークの学びが引き出すことができるのではないかと感じている。

 他方でこの環境は、社会福祉士志望者にとっても、専門職として将来連携・協働する立場になる相手と互いの理解を深め、どのように歩み寄れば良いのかを実践的に考えることができる絶好の場であるとも感じている。

 専門職を目指す学生と、専門職が連携・協働することになる市民としての学生。異なる立場にいる二つの対象に同時に教育する難しさもあるが、本学ならではの教育環境を、これからもさらにうまく活用できるようにしたいと考えている。学生たちの教室の中での対話が、互いに関心を向け合う「ケア」に満ちた社会をつくるプロセスの小さな一歩につながることに希望を持ち、これからも学び合いの場をつくっていきたい。

  1. 大脇三千代『社会の今を見つめて~TVドキュメンタリーをつくる』岩波書店、2012年
  2. フランシス・J・ターナー編(米本秀仁監訳)『ソーシャルワーク・トリートメント 上~相互連結理論アプローチ(第4版)』中央法規、2006年。現在は第6版が発行されている。
  3. ジョアン・C・トロント著/岡野八代訳著『ケアするのは誰か?新しい民主主義のかたちへ』白澤社、2020年。いかにケア活動が編成されるべきかといった一般的な条件について政治(日常生活の中で行われる小文字の政治と大文字の政治の両方)的に決定する必要性を指摘している。

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