日本社会福祉教育学会 NEWS LETTER No.16

2013年1月31日発行

巻頭言

社会福祉教育の実感

今や古典であるが、R.ティトマス(三浦文夫監訳)『社会福祉と社会保障‐新しい福祉をめざして』〔東京大学出版会,1971年〕の第1部は、珠玉の教育論である。とりわけ、「大学と福祉の目標」と題する第二論文は、1967年4月のヘブライ大学エルワルト社会福祉学部の新館開館披露で行った講演を収録したもので、この巻頭言の表題を想起させたものである。その論稿では、ホワイトヘッド(1929年)の『教育の目的』が引用されている。すなわち、「この世界の悲劇は、想像力豊かな人々が経験に乏しく、逆に経験豊かな人々は想像力に乏しいということである。愚者は知識をもたないで空想にふける。学を衒う者は想像力をもたずに知識にたよる。大学の使命は、この想像力と経験を融合させることにあるのである」と。古くは、孔子も『論語』「為政第二」の中で同様の指摘をしている。「学而不思則罔、思而不学則殆(学びて思はざれば則ち罔く、思ひて学ばざれば則ち殆し)」である。

ここでいう“想像力”や“経験”、また“学び(教え)”や“思い(思索)”を統合するものは何であろうか。そこにこそ、大学教育における、教養教育的意義がある。

さて、昨今では少子化や大学の新設ラッシュによる大学淘汰の時代を背景に、学術研究政策が矢継早に提案されている。昨年の動向から、教育政策の主なものを拾えば、「大学改革実行プラン」(文科省、2012.6.5)や「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」(中教審、2012.8.28)がある。前者では、大学改革の8つの方向性が示され、その第一に「大学教育の質的転換と大学入試改革」が挙げられている。そこでは、大学教育の質的転換について、「主体的に学び・考え・行動する人材を育成する大学教育への転換」と定義されており、その具体的な取組として、教員と学生とが意思疎通を図りつつ、学生が相互に刺激を与えながら知的に成長する課題解決型の能動的学修を中心とした教育へと転換することが必要であり、その際に「教育課程の体系化」「組織的な教育の実施」「授業計画(シラバス)の充実」「教員の教育力向上、学生の学修環境の整備などを進めるための全学的な教学マネジメントの改善」と連動して行われることが肝要であると指摘されている。後者では、前者の実行プランが、より具体的な形で答申されている。われわれが従事する社会福祉教育界も当然のごとく、これらの改革に翻弄されていくわけである。また、直近の大学に係るトピックスを拾えば、文部科学大臣(当時)による大学不認可騒動の顛末や国立大学の定員削減が記憶に新しいところであろう。これらのニュースに共通するキーワードは、大学や学生の“質保証”である。

翻って、質は何によって保証されるのであろうか。大学のユニバーサル化が叫ばれて久しいが、質的低下は全入だけが原因ではない。この間の教育政策は、多分に対症療法的であり、学問を総合化・統合化から専門化へ先鋭化・矮小化させ、さらには知識をコンピテンスに転換する現象をもたらした。いかなる分野においても、ある事象の本質が失われようとする時に、次に必ず現れるのは形や方法に拘るドグマ的な議論である。いわば、“形骸化の罠”である。むしろ、質保証の議論とは、いうところの意味において、まさに質に係るものでなければならない。先述の、“想像力”や“経験”、“学び(教え)”や“思い(思索)”を統合するものは知恵である。大学教育における、教養教育的意義は知恵の陶冶にこそある。これこそが教育の王道であり本質であろう。巷間、社会福祉学・ソーシャルワーク学は実践の学であるといわれる。猪木武徳は『大学の反省』〔NTT出版,2009年〕のなかで、「『実践の学』には、知識を行動に結びつける高度な知恵が求められる」と指摘している。また、佐伯啓思は『学問の力』〔NTT出版,2006年〕のなかで、「教養に関して重要なことは、自分が何かを考えるときに参照(レファランス)することができる思想的な軸なり基盤を獲得することにほかなりません」と指摘している。はたして、この教養や知恵は、いかなる場面で問われるのであろうか。その人の教養・知恵の内実が実際的に問われるのは、常に具体的な実践場面においてである。ここに、教養教育の社会福祉専門教育的な意義を見出すのである。

R.ティトマスは先の論稿で、「教育制度は社会移動を促進する1つの力である」と明言している。教育の原点とは、ソーシャルワーク(例えば、Z.T.ブトゥリム『ソーシャルワークとは何か』)と同様に、相手の「変化の可能性」を信ずる信念に他ならない。俚諺に、「灯台下暗し」とある。質保証の議論が、小手先の改革に止まらず、原点に立ち返り学問の再生につながることを祈念する。

理事 志水幸(北海道医療大学)

目次

  • 巻頭言~社会福祉教育の実感
  • 第3回春季研究集会
  • 第9回大会のお知らせ
  • 2012年度社会福祉教育セミナ-
  • 社会福祉高等教育をめぐる政府・省庁の動き
  • 学会探訪⑤ ~人間福祉学会~
  • 会員の声 ~私の福祉教育~
  • 共同研究会員募集
  • 学会誌投稿募集
  • 編集後記

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